論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

 いま、田舎暮らしがブームである。「農的生活」や「定年帰農」という新語も定着し、各種の支援団体や相談センターなどが立ち上がり、その関係の情報誌も発行されている。戦後の高度経済成長期に、怒濤のように田舎から都会へ流れた人口が、いま静かに逆流し始めようとしているようだ。あるアンケート調査によれば、都市生活者の四〇%が農村で暮らしたいという意向、そのうちの八三%が農村への定住志向だそうだ。
 なぜ今田舎への逆流がはじまっているのだろうか。大地をアスファルトや煉瓦で固め、高層ビルやマンションが建ち並び、建物内は冷暖房完備で季節感も無く、自然が遠のいた都会。電気に頼る都会が停電で機能麻痺に陥ることへの不安感。「隣の人は何する人ぞ」と言われるほど、人間関係の希薄さと孤独感。買い物に行っても、輸入食材が溢れ、偽装表示など偽物が出回り、何を信用してよいか、わからない程の食への不安。
 さらにはリストラや賃金の目減りなどの経済的不安。これらの要因が複雑に絡んで、行き詰った都会からの脱出が始まったのだろうか。だがその底には、利便性と快適さは得たが、生存の根源である食料を自ら生産することから遠ざかっていく、非耕作者としての不安が、本能的に横たわっているようにも思われる。
 加えて約七〇〇万人の団塊世代が大量定年を迎える頃となり、農村に回帰するのではないかと、第二の人生の行方に世間の耳目が集まっている。企業や労働団体は「地方は早急に受け皿をつくるべき」と叱咤激励の声。それにあおられて地方自治体は「相談窓口の開設」や「団塊世代対策費」を捻出したり、中には「土地の無償提供」までして誘致合戦を始めている。
 過疎の田舎にとって、人が集まってくることは、願ってもないことであり、大いに歓迎すべきことではある。しかしながら人材誘致の名の下に行われる昨今の「団塊ビジネス」には違和感がある。民俗研究家の結城登美雄氏の言うように、まるで人をモノとして扱い、団塊世代の争奪戦を煽動するような風潮にやり切れなさを覚えてならない。  第二の人生をどう生きるのかを静かに深く思いをめぐらしている人々に対して、ビジネスチャンスと捉え、在庫処分セールのように、地方に転売できるほど、人の人生は軽くはないのである。
 田舎に第二の人生を求める人々の中には、退職金をもらい、年金をもらいながら、気軽に悠々自適の田舎暮らしが出来ると、ルンルン気分で考えている向きがある。そしていつのまにか身につけた都市の価値基準で農村をみているせいか、農村が遅れていると落胆する。ついには集落共同体の一員としての自覚に欠けて集落から孤立してしまう。田舎暮らしとは、地域の人々と具体的に向かい合い、共によいふるさとを創っていくことにほかならないことを肝に銘じておいた方がよい。
 一方、受け入れ側の農村にも課題がある。地域に入ってくる新しい風を、どこまで柔軟にふところ深く受止めることが出来るかどうかである。新規に入ってくる人に、専業農家なみの営農を期待したり、田舎暮らしをいい気な遊び人と決め付けて、時代の新しい風を受止めることの出来ない体質がまだ残っているところもある。
 農村自治体への課題は、農業には産業としての役割と、農業が営まれることにより農村の環境や景観が維持されている役割があることへの深い理解力である。
 農業の多面的機能を十分に発揮するためには、規模の大きい農家に絞り支援するだけでは目的を達成できない。農的な暮らしを志向する人や、女性や高齢者など様々な人たちの働きによりはじめて多面的機能が発揮できる。このような人々は行政の言う「農業の担い手」ではないかもしれないが、農村における環境・景観の担い手ではある。
 様々な農家が存在して、多様な農家が共存しているのが農村の本来の姿である。意欲ある新規就農者への支援は大切であるが、同時に農的な暮らしを志向する人々を認知し、受け入れる度量が行政や農業団体に今強く求められている。
 田舎暮らしを志向する人々が,悠々自適に人生を楽しむ一方で、荒廃する農村再生の一員でもあると、自覚して欲しいことを切に願う。一足先に都会から田舎に移り住んだ者として、新しい風となる帰農者に歓迎のエールを送りたい。

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4