論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

 緑が映える六月、南九州の農村部はどこも田植えの真っ盛り。農村が一年で最も活気づく季節でもある。私の住む山里の水田も、畦の草刈り、草焼き、田起こし、代かき、田植えをする人など、今が一番人で賑わっている。「お父さん、今日も田んぼに人が沢山出ているよ」と、家に駆け込んでくる女房が、浮き浮きとして語りかける。
 竹子地区の網掛川の源流域には、昔ながらの小さな棚田が広がっている。我家から見える南側の山際には、石垣造りの見事な棚田が三段、際立って並んでいる。そこではいつもお年寄りの夫婦が、丹念に米作りを続けている。石垣の間に生えた雑草も丁寧に取られ、美しき石垣棚田の景観が保たれている。先日、その棚田の田植えの最中に訪ねたら、サラリーマンの息子さんが手伝っていた。お母さんが私をみて、「私たちも年取ったし、この棚田を引き継いでもらおうと、今年から田植えが出来るよう鍛えているのです」と、うれしそうに応えた。私には石垣棚田の後継者が出来た三人の親子の姿がなぜかまぶしく光って見えた。
 山間部の農村に入ると、階段状の棚田が、山の裾野から天辺まで、急斜面に延々と切り拓かれ、壮大な景観を生み出し、様々な形をした無数の水田が、寄り添うようにして見事な曲線美を描いている。私はこのような風景に出会う度に、万感胸に迫るものがあり、何故か涙が込み上げてくる。
 「風景に魂がある」というのはこういうことを言うのであろうか。人々の「生きたい」という執念が、山の頂きまで耕し続けたのであろうか。「耕して天に昇る」と称される棚田には、この地で生きようとした壮絶な人々の汗と執念が込められている。
 棚田とは、二〇分の一以上の傾斜地にある水田のことを言うが、これに該当する棚田は全国に二二万㌶もあり、これは全国水田面積の八%に相当し、東京都の面積とほぼ同じ。棚田は傾斜地にあることから、水田の区画を大きくすることは困難であり、等高線に沿って造られるため、形も真っ直ぐには整えにくく曲線となる。畦草刈りや畦塗りなどの手間のかかる作業量の割には植え付け可能な面積が小さ過ぎる。農道の整備も遅れている。故に農作業の効率が悪く、生産性も極めて低いため、米の減反政策が始まると、真っ先に耕作放棄されてきた。今日では、今までなんとか頑張って、祖先伝来の棚田を守ってきた人々も高齢化し、さらに耕作放棄がすすんでいる。
 「太古の昔より先人たちの築き上げてきた棚田を守りたい」と私は切に願っている。何故なら人が生きるために耕し続けてきた棚田が、一方ではいつのまにか、山に降り注いだ多量の雨を貯え、自然ダムの役割をして、洪水から日本の国土を守ってきた。また棚田は森林で涵養された清らかな水を貯え、豊富な地下水を生み出す源泉ともなっている。さらに今では棚田は「東洋のピラミッド」と絶賛されるように、アジアが誇る歴史的な文化遺産でもある。
 市場原理・競争が横行する今日、非効率的な棚田を守ることは、時代錯誤とみる人々も多いようだ。しかし山里の景観を彩る美しき棚田、治山治水としての棚田、文化遺産としての東洋のピラミット、そして何よりも先人の流した汗を想うとき、日本人の誇りとして守りたい。そしてミネラルを豊富に含んだ清らかな山水で育てられた棚田の米は大変美味しく、それを食べたいと願う。
 我が家の奥の網掛川源流域に、切り開かれた小さな二十数枚の石垣棚田がある。戦後営々として築き耕してきた老農家が、病に臥され耕作放棄となり荒れ始めていた。五年前に、この棚田復元を目指して立ち上げられた鹿児島大学の「網掛川流域環境共生プロジェクト」は、現在、地元の竹子共正会に引き継がれ、都市消費者の支援を受けた「田主制度」として新たな展開をみせ、石垣棚田が見事に蘇っている。
 日本全体に目を向けると、棚田を持つ各地の市町村長や、棚田に熱き思いを寄せる人々によって、平成七年に「全国棚田連絡協議会」が設立され、毎年、棚田サミットが開催されている。さらには地方自治体や有志グループによる「棚田オーナー制度」が立ち上げられ、都市住民の支援を受ける運動が各地で始まっている。政府も棚田維持のため「中山間地直接支払い制度」をようやく立ち上げた。
 情感あふれる農の風景「棚田」を守る運動はこれからである。

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4