論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

 農薬を使わないアイガモ農法は、環境にやさしく安全な米を生産する農法として注目されている。水田を泳ぐアイガモ君の姿は人の心を和ませ、子供たちにも抜群の人気がある。今では農業や命の学習の教材としても保育・幼稚園や学校教育に広く取り入れられている。
 しかしながら、一方では水田での働きが終わった後のアイガモを、処分して食べてしまうことへの非難の声が、いつも消費者から寄せられてくる。「田んぼで人間のためにあんなに働いたアイガモを食べるなんてひどい」、農家の子供たちからも、「お父さんより働いたのにかわいそうだ」との声。これにはアイガモ農家のお父さんたちはみんな悩んで困っている。
 よく考えてみれば、毎日、スーパーで買う肉、魚、牛乳、野菜、果物、お米などの食材もすべて命があったはず。社会の分業化がすすみ、食材を自ら生産しないで、お金で買うために命の存在を忘れてしまったに過ぎない。だから消費者や子供たちが、田んぼで懸命に働く愛らしいアイガモ君を見て、久々に命を感じたのである。これは大変喜ばしい非難として受け止めなければならない。故にアイガモ農法は、「命を育み命をいただく」という農業の本質を教えていく上で、優れた教材でもあり、すばらしい教育力を秘めている。長年、アイガモ農法での米作りを実践する私の地元の竹子小学校でも、雛から大切に育て上げたアイガモを食べるかどうかで子供たちの大激論が真剣に繰り返される。「食べる」という結論が出たら、私ども夫婦も手伝って、子供たちと一緒にアイガモの裁き方から始まり、アイガモ鍋料理をつくり、最後は皆で感謝して食べる。子供たちは「かわいい、かわいそう」という気持ちと「おいしい」という相矛盾する気持ちを素直に飲み込むのであろうか、最後は賑やかな食事となる。鹿児島市内でアイガモ農法に励む橋口孝久さんも、十数年来、地元の川上小学校の子供達とアイガモで命の学習に取り組み、すばらしい教育成果を上げている。
 かって大学で教鞭をとっていた頃、毎年、講義の冒頭で学生たちに、「いただきます」の意味を聞く事にしていた。まず食事の時に、手を合わせ「いただきます」と言って食べる人に挙手を求めると、わずか全体の二割程度。手を挙げた人にその意味を尋ねてみると、「両親への感謝」や「作ってくれた人への感謝」が圧倒的である。  そもそも「いただきます」が、「他の命を今日も感謝していただきます」と理解する若い人が圧倒的に少なくなっていることに唖然とする。家庭や学校の中で、祖父母や両親あるいは先生から、「いただきます」の意味を聞かされたことはあるのかと問うと、殆どの学生が無いと答える。
 自然界は食物連鎖で成り立ち、お米、パン、野菜、果物、魚、肉、卵、ミルクなどすべてに命がある。そこには命の連鎖があり、その頂点に人間が立っている。生きることは「他の命」を毎日いただくことであり、生き続ける程に、たくさんの他の命を背負っていくことを意味している。長生きする人ほど他の命を犠牲にして生きている。こう考えるともう自分ひとりの命ではないので、自分の命はもちろん他人の命も大切にしなければならないことに気づく。
 「いただきます」を英訳することは難しく、他国語にはない日本独特の言葉であり、日本人が誇れる伝統的な食の文化を意味している。お金さえあれば、スーパーで食材を買い、レストランで食事が出来、そして膨大な量の食べ残しをするようになった今日では、食べものに命があることを多くの日本人が忘れ去ってしまったようだ。
 学校によっては昼食時、担任の先生のピーという笛やドーンという太鼓の合図で一斉に子供たちが食べ始めると聞いた。これは「いただきます」が仏教用語のため宗教行事とみなされ、公的な教育現場では使えないからという理由からだそうだ。しかし「いただきます」はすでに仏教用語をはるかに超える日本人の食文化用語として、深く根付いている。笛の合図でスタートする寒々とした食風景よりも、手を合わせ感謝の意味をこめた「いただきます」の方がほのぼのとした気持ちになる。
 もし日本の家庭や学校教育の中に、「いただきます」の教育が厳然と生き続けているならば、最近の信じられないような、他の命を忘れたおぞましい殺人事件も起きないのではないかと考える今日この頃である。

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4