論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

 株価や為替の変動で利ざやを稼ぐ世界には全く無関心であった私が、昨年来のインターネット業界の株買占めによるテレビ会社乗っ取りニュースを見て、にわかに興味を抱くようになった。ライブドアの前社長が逮捕されてからは、きわどい錬金術が次々と明らかにされているが、私のような株世界に疎い者にはさっぱりわからない。とにかく法の目をくぐって、うまくやれば瞬時にして莫大な金を稼げることだけは理解できた。  ものづくりの大切さが忘れられ、地道に働くことよりも、一攫千金を夢見る人が増えているのであろうか。政府や業界も「貯蓄から投資へ」と拍車をかける。個人投資家も増え続け、今では約三〇〇万人がインターネットで株取引しているという。このようなマネーゲームに興ずる昨今の風潮は、農村襲い、落下した果実に目を落とし、これも天命と受け止めて、来年を待つ果樹農家の気持ちをわかっていただけるであろうか。
 農家は種子、肥料、農薬、飼料、農機具代など生産に要する費用は、すべて企業側によって価格が決められており、それを文句なしに購入せざるを得ない。一方、生産物を売る時は、市場相場によって決まり、自由に価格設定は出来ない。つまり農家は生産資材業界と流通業界の一方的な価格設定という狭間で赤字に喘いでいるのである。故に農村にとどまる多くの農家は家族を養うため、農外収入に生計を求める兼業化という形で辛うじて乗り切ってきたのだ。
 農家になった私は、「農業とは経済的に割の合わない仕事である」と心の底から実感している。新規就業者として要した私の費用は、農地購入、圃場整備、納屋建築、農機具類など、コストは農業収入をはるかに超えて多く、莫大な赤字となる。一個五〇円の合鴨の卵を、ビニール袋に二個入れて一袋一〇〇円。それを皆で造った近くの小さな直売所に、持って行くが、餌代やガソリン代などの運賃にも満たない。正直言って赤字なのに、それを繰り返している私を、妻は黙って笑ってみている。
 私の住む農村では、朝早くから田畑に出て、夕暮れ遅くまでよく働く農家が多い。師と仰ぐN老農家は、いくつにも分割された小さな棚田をせっせと耕し稲を育てる。裏山の畑では、猪に荒らされながらも麦や芋や野菜をつくり、納屋では鶏も飼う。冬には手作りの炭焼き小屋で炭を焼く。一年中体を動かして働くが、経済的には報われない労働に愚痴一つ言わない。尊敬するY社長は、農機具・資材販売店も兼ねながら、好きな農業に精出している。耕すことの出来なくなったお年寄りの農地を世話したり、困った人のために汗を流す。きっと生まれ育った故郷をこよなく愛しているのであろう。
 こうした人々に日々接していると、お金や株を動かすだけで利益を生む世界があることは、誠に不合理な社会と思わざるをえない。これでは若者が農業へ振り向かず、後継者が育たないのは当たり前の話。そのような中「農家は経営能力が乏しく、甘えているからだ」と、為政者は説き、一戸当たり所有面積が四町歩以上(北海道は一〇町歩)の大専業農家を育てる新農業政策を打ち出した。外国の安い農産物に太刀打ちできるよう、小さな農家を切り捨てるということだ。これで本当に日本の農業と農村は発展するのだろうか。
 いずれにせよ、人間社会の土台を支えている農業などのモノ作りを軽視し、情報や金融や不動産が中心を成す産業社会の未来には、希望が持てないし、人間性喪失の社会となっていくのではないかと危惧している。

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4