論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

 大学を辞めて農村に移り住む時、多くの都会の同僚たちがいろいろと心配してくれた。一番多かった心配は、「田舎は人も少なく、寂しいのでは?」ということ。
 でも農村に住んでみて「寂しい」などと感じたことは未だ一度もない。それどころか頻繁に勝手口に届けられる集落の方々からの野菜や手作りのものに、心温まるものを感じ、感謝の日々を送っている。日が暮れると、山里の家々にともった明かりに、住む人の息づかいを感じ心が安らぐ。道ばたで会うと、「おはようございます、こんにちは」と挨拶を交わし、「今日は晴れますかね」、「稲刈りはいつですか」などと、天候やお互いの農作業のことに一言触れて別れる。車のないお年寄りが道を歩いていると、「乗っていきませんか」と声をかけ合う。私の農園近くの小さな山の畑には、約二キロも離れた家から背負いかごと農具を担いでせっせと通ってくる元気なおばあさんがいる。雑草一本ないその畑には、四季折々丹精込めて育てられた野菜が絶えることはない。畑からの帰りには私の家にその日採れた新鮮な野菜をよく置いていってくれる。たまには「お茶を飲んでいきませんか」と声をかけ、我家の土間で一服してそのおばあさんの身内のことや世間話に花が咲く。また周りの農家は、私の飼うヤギの餌にと、畑の芋づるや野菜屑をせっせと届けてくれる。
 土手払い、山払い、道路端の草刈り、集落公園の清掃など、一年を通して集落の共同作業も結構多い。共同作業は朝六時と早いが、それでも各世帯から必ず一人は参加する。各々の体力に合わせて、男の人たちは草払い機で、お年寄りや女の人たちは手鎌で刈って行く。そこには自然に出来た見事なチームワークがある。
 一昨年、皆で作った小さな農林産物直売所「竹子の里きらく館」は、消費者との交流のみならず、地元の農家同士の新たな交流の場ともなり、いつもお茶を飲んだりして賑わっている。私も妻もここに通うのが楽しみの一つとなった。
 こうみてくるとまさに農村の人間関係の豊かさに万歳だ。農村に来て「寂しさとは人と人との物理的距離ではない」という当たり前のことに気づかされた。ふり返れば、人の密集する都会ほど、「隣は何をする人ぞ」のように、人と人との関係は希薄ではないのだろうか。以前、私は鹿児島市内のある団地に住み、町内自治会の役員をやったことがあるが、地域で何をやるにしても、人集めで苦労の連続であったことを思い起こす。かって農村の多くの若者が、濃密な人間関係のわずらわしさを嫌って都会へ出た。その結果、便利さや個人の自由は獲得できたが、その分人間関係は希薄なものとなり、失ったものも大きい。
 昨今の続発する幼児殺害事件で、不審者から子供たちを守るために、その地域力が問われている。しかし定期的な巡回パトロールのみで、地域の子供たちを犯罪から守ることができるのか。またそれを地域力というのであろうか。都会では、お金持ちは子供を守るためにガードマンを雇ったり、子供に衛星利用測位システム(GPS)付き携帯電話を持たせたりするという。学校では登下校時のバスを借り上げたり、門衛にガードマンを雇う。これらはいずれもお金で安全を買うやり方であり、安全確保にコストがかかる社会となった。
 都会に比べて、人間関係の豊かな私の住む農村では、その地域力はまだ失われていない。地域の人々の地元小学校への想いは熱いものがあり、子供たちの教育のためには協力を惜しまない。小さな小学校の全生徒六〇数名を、「あれは誰々さんの子」と、周りの大人たちがよく認識しており、不審者はすぐわかる。仕事と生活の場が一体化する農村では、いつも地域の人の眼が光っている。地元小学校では地域住民の発案により、生徒の登下校に合わせ、「散歩やジョギングをしながら」、「畑仕事をしながら」、「お店の仕事の合間に」等々、普段の仕事や暮らしの中の可能な範囲で、子供たちを見守ってもらうという、仕事・生活密着型のボランティア活動を開始した。
 農村といえば、とかく「過疎」、「寂しい」などの暗いイメージがつきまとうが、住んでみるとそこには意外な程、豊かな人間関係が息づいていることに気づく。いま問われている防犯の地域力も、その地域で育まれた豊かな人間関係の中にあるのではないだろうか。それはお金で簡単に買えるものではない。

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4