論点

第1回 太陽とともに起き眠る 2006.1.16

第2回 防犯の地域力は人間関係の中に 2006.2.13

第3回 マネーゲームには無縁の農業 2006.3.20

第4回 平成の農政大改革への危惧 2006.4.24

第5回 感謝して命をいただく 2006.5.22

第6回 農の風景「棚田」を守る 2006.6.19

第7回 食料輸入超大国の行方は 2006.7.24

第8回 二度と戦争を繰り返さない 2006.8.28

第9回 田舎暮らしブームに思う 2006.10.2

第10回 唱歌「故郷」の豊かな世界 2006.10.30

第11回 高校・大学教育をゆがめるもの 2006.12.4

 いま、世間を騒がす「高校の未履修問題」は、多くの普通高校が人間形成の教育を忘れ、知識偏重の大学受験一辺倒に陥っているところに事の本質がある。だが「来春の受験生に精神的動揺を与えないように」と、その一点に集中して、補習授業を行うかたちで、ことの結末をつけようとしているかにみえる。
 この問題は以前からあったことであり、過去に遡って深く反省されなければならない。また「赤信号みんなで渡れば怖くない」でお茶を濁すものでもない。もっと言えば、今回の問題は高校側の学歴偽造、公文書偽造という社会的犯罪ではないだろうか。
 大学入試の受験科目が年々減らされることは、高校教育にゆがみをもたらすと、かって大学の教師として、私は強く反対してきた。だが受験科目の減少は、受験生側からは受験の負担軽減になり、大学側からは受験生確保につながるため、双方の利害が一致して、大学入試科目は、年々減らされてきた経緯がある。これでは高校教育で、バランスのある情操豊かな人間教育がおろそかになるのは当然のことだ。
 その弊害は大学側においても、現実のものとして早くも露呈した。例えば、生物学を履修しない学生が、農学部、水産学部、医学部に、物理学を履修しない学生が工学部にも入学して、大学の専門教育に支障を来たしてきた。その結果、大学側は、高校時代の未履修科目を特別の補習授業として、高校教師を招き実施するという奇妙な事態となったのである。
 大学教師の頃をふりかえると、大学生を相手に悪戦苦闘してきた記憶がよみがえる。大学に入ること自体が目的化していて、一体何のために何をやりたいのか、深く考えていない学生が圧倒的に多いのである。その専門学部を何故選んだかも不明確。また基礎力のみならず総合力に欠けているため理解力の乏しい学生も増えている。これは入試科目を大幅に減らした大学側の責任が重いことは言うまでもないが、一方では、本人の志望を無視し、成績で輪切りして大学に生徒を無理やりに押し込もうとする高校側の問題もある。  結局のところ、目的意識もなく入学した多くの学生は遊びとバイトに精出し、夜更かしをし、昼の講義は欠席するか、出席しても殆ど眠ってしまうという惨たんたる状況がある。これでは留年生が増えるのも当たり前のことだ。
 このような有様だから、受け入れる大学の教師側の深い苦悩がある。つまり、「学生がどうすれば勉強するようになるのか」、あるいは「その学部の専門領域にどう興味を持たせるのか」など、動機づけ教育に明け暮れ、本来の大学教育の以前のところで、力尽きている。一方ではこの状況に失望した大学の教師が、教育意欲を失い、研究に没頭する側面もある。まさに教育の悪循環となり、中高等教育が危機的状況に陥っている。
 一昨年より、国立大学も市場原理・競争が導入され、独立行政法人となった。これにより徹底した評価主義による予算配分がなされ、生き残りをかけた大学間の熾烈な競争が始まっている。これは事実上、自由競争の名を借りた新国家統制であり、教育研究の自主的で全面的な開花を阻害していくことになるであろう。
 いうまでもなく、高校は大学受験のためだけに存在するのではない。人間としての力をつけるために、生徒たちに何をどのように教える必要があるのか。今回の問題から、教育行政も現場も、そのことをもっと真摯に考えなければならない。  また高校教育がとかく大学受験に偏重しがちだが、進学者だけが高校生のすべてではない。大学へ進学しない生徒たちの教育が気になるところでもある。進学、就職に関わらず、差別なく全人教育がなされなければならない。
 さらに言及すれば、生徒は先生の背中を見て育つものであり、また先生の生き方や個人的魅力にも惹かれてその教科に興味を抱くものである。しかし教員の評価制度が導入され、情熱ある教員が物を言いにくく、個性的魅力を失ってきているのではないだろうか。さらに教科だけでなく課外活動など多面的な人生経験によって、生徒は豊かな人間性を育んでいくのだが、普通高校の課外活動軽視の風潮は根強いものがある。
 受験勉強には一言も触れず、俳句、短歌や詩などの持つ魅力を、いつも静かに飄々と語ってくれた高校時代の国語のK先生を、私は今でも忘れることはない。