時論「農業で暮らせる仕組みを」

家族の食は自らの手で

口蹄疫の本質は何か

東日本大震災から何を学ぶのか

農業で暮らせる仕組みを

 いま、わが国の農業・農村は存亡の危機に瀕している。

 戦後の日本は、豊かな生活を求めて第一次から第二次・三次産業へ、農村から都市へと人は怒涛のごとく大移動し、過密の都市と過疎の農村という二極に地域は分解した。後継者が育たない農村では高齢化・少子化がすすみ、集落の共同作業もままならず、耕作放棄地も増えて、農地は荒れている。加えて国際化で安い海外の農産物が大量に輸入されるようになり、わが国の食糧自給率も四〇%まで低下した。このような中、農村にとどまる多くの農家は専業化よりも農外収入に生計を求める兼業化という形で辛うじて乗り切ってきた。

 戦後六十年を迎えた今日、農業の担い手の多くも六五歳を超え、農村の高齢化率はさらに加速し、一人暮らしのお年寄りも増加している。後継者は依然として不在なため、このままでは集落の維持すら危ぶまれている。 私の住む山間部集落も高齢者が多く、一人暮らしのお年寄りも増えている。すでに朽ち果てた廃屋も多い。多くの農家も農業で儲かるとは考えておらず、昨今の農政にもあまり期待はかけていない。地元小学校も生徒数が減り、統廃合がささやかれている。

 全国の農村集落数は一四〇,一二二(平成二年)から一三五,一七九(平成一二年)と、この十年間で四,九四三(三・五%減)もの集落が消滅している(農水省「農林業センサス」。まさに農村コミュニティそのものの崩壊であり、「老いる村」から「消える村」への変貌である。

 農村をここまで追いつめたものは、三十年以上も続く米や畜産物の生産調整政策も一因であるが、市場原理・競争という社会のシステム自体にある。これにさらにグローバル化による大量の安い輸入農産物が拍車をかけた。生産効率の悪いわが国の農業では到底太刀打ち出来ないのは自明の理である。

 一方、今多くの国民が迫り来る地球規模での食糧危機を感じて、わが国の食糧自給率の異常な低さに気がつき、その向上を訴え始めている。しかしながらそれを担う農家数は減り、農村社会そのものが崩壊しようとしている農村の現実には何故か目を向けていない。また農業関係者の多くも衰退するこの日本農業・農村の打開策を、本筋からはずれて、農業の多面的機能に見出そうとする風潮が強まっている。すなわち農業の持つ国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、保健休養・景観など、そして具体的運動として今はやりのグリーンツーリズム(田舎を楽しむ旅)やエコミュージアム(地域自然博物館)構想などである。いずれも農業・農村を新たな角度から見直す意味では大切な視点ではある。しかしながら私はその風潮に違和感を覚えてならない。何故なら農家の多くが、苦労して作った農産物は安くて割りがあわず、農業そのもので生計を立てることの出来ない現実と集落崩壊の危機を目の当たりにして、どんなに声高に農業の多面的機能が強調されても、素直について行くことは出来ないからである。多面的機能を守る農家の生活が守られない限りは多面的機能も守られないという当たりまえのことに気づくべきである。

 その意味で農業関係者がもう一度農業・農村問題の本筋に立ち返って論じてもらうことを切に願いたい。農業・農村の本質的課題は人間の生命活動の根源となる食糧を生産する農家が、自然の恵みを受けての農業の生産活動そのものに喜びを感じ、安心して暮らせる仕組みと基盤をどのようにするかにかかっているのである。

 子供たちの幸せを願って、農村から子どもが離れることをあえて望み、都会に住むその子供たちの家族のために、米や野菜をせっせと届けるべく、今日も農地に立つお年寄りの後ろ姿を見るにつけ、山間部農村に住む者として万感胸に迫るものがある。