時論「東日本大震災から何を学ぶのか」

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東日本大震災から何を学ぶのか

1. 東日本大震災から3年が経過

 東日本大震災は今年3月11日で早くも3年目を迎えようとしている。この間、絆・ガンバレ・連帯・支援活動、復興対策などが毎日の紙面・ニュースをにぎわしてきた。これはこれでとても大切なことではあるが、現代の地球文明に警告を発した今回の大災害から我々は本当に何を学びとるべきなのか。このことを再度初心に帰り反省しない限り、大惨事は再び繰り返され、再び多くの人命が失われることになるのではないか。

2.自然認識と近代科学への猛反省が必要

 高さ10mを超える超大型の防波堤で、大津波は大丈夫と豪語した。しかしそれを残酷に乗り越えた大津波。それを想定外と称して責任回避することではすまされない。またこの高い防波堤のため、その近くに居住する人々には押し寄せてくる大津波が見えず、逃げ遅れたのである。防波堤が無ければ沖から押し寄せてくる津波が見え高台へ走ったのではないだろうか。防波堤という近代工学が逆に人の命を奪ったともいえる。また福島原発事故も想定外として責任を回避するが、大自然の辞書には想定外などはない。以上の教訓は我々に自然認識と近代科学への猛反省を迫っていると反省すべきである。

3.原発はなぜ危険で問題なのか

 第二次大戦の兵器として緊急開発された原子力潜水艦が陸に上がってきたのが今日の原発であり、未完成の技術と言わざるをえない。使用済み核燃料の処理の未解決が何よりの証拠。原発から放出された放射能は目に見えず臭いもせず突然倒れるわけでもないため、その怖さが実感できない。花粉のようなものなので風に乗って飛散し、大空を汚染し大地を汚し、雨水で流れ地下水を徐々に汚染する。このようにして我々の生存条件である大気・大地・水という大自然を汚染してしまうのである。故に山・農地・海から収穫される食べ物が汚染され我々の命を脅かしていくことになる。一度放出された放射能を取り除くには気の遠くなるような歳月が必要であることも忘れてはならない。
 放射能汚染で苦悩する東北農家の緊急集会で、「うちの爺さんが孫を守るため、どうにもならない放射能汚染の農産物を、全部俺が食って冥途の土産にしてやると叫んだ」と、涙流して発言した若き農家の発言が今も胸に焼き付いている。

4.原子力エネルギーは戦後の繁栄する近代文明の象徴

 終戦から69年、我が国の繁栄は工業を発展させ農業を犠牲にし、おしつぶしてきた歴史と言ってよい。地域を過密の都市と過疎の農村に2局分解させ、約8割の人は都市に集中し膨大な電気エネルギーに基づく都市文明を作り上げてきた。さらには電気エネルギーに依存したパソコンなどIT産業を発展させてきた。その結果電気が止まればすべてが終わりという文明となった。このまま近代文明が進めば原子エネルギーに頼るしかない暗闇のトンネルに皆で入ろうとしている。今回の原発事故はこうした戦後の流れの中で、起こるべきして起きた事故とみることが出来る。3.11直後の停電で300万人もの都民の足を止め、大混乱状態に陥った大都会・東京はこのことを如実に示している。したがって今日の近代文明を問い直し、我々の生き方と日々のライフスタイルを根底から見直さなければならない。

5.脱原発の方向転換のチャンスは二度あった。

 ①40数年前、水俣病やイタイタ病など各地に起きた公害問題
 戦後の公害問題により人々は高度経済成長に疑問を持ち、科学技術にも不信を抱いた。このころ始まった原発に対しても反対運動が起きた。核と人類は共存出来ないこと、目の前の利益のために未来を売り渡すことは出来ないと訴えた。

 ②28年前、ソ連で起きたチェルノブイリ原発の事故
 これでドイツは脱原発に大きくカジを切った。ところが日本ではあり得ない事故と安全神話をふりかざして原発反対の声を封じ込めた。そして大量生産・流通・消費社会を肥大化させ、エネルギー浪費社会を作り上げた。

6.生き方・暮らし方を変える

 福島原発事故における東電をはじめ政府、学者、関係者の右往左往ぶりは、現代の科学、近代文明では核をコントロール出来ないことを、地球64億人の眼前で実証して見せてくれた。まさに人がコントロール出来ない核を持ち続けることの愚かさが暴露されたのである。
 我々は反原発と口で叫ぶだけでは駄目。原発に依存した現代文明からどう抜け出していくのか、そしてどう行動するのかである。そして生き方と暮らし方を根底から考え直していかなければならない時代を迎えている。
 食の安全や環境問題を大切にする消費者や有機農家の多くは、すでに20世紀後半~21世紀に至り、その生き方・暮らし方の基軸を変えてきた人たちである。自然を大切にし、人の命を大切に考えて来た人たちであるが、今回の大震災・原発事故により、放射能とエネルギー問題への関心をより深め、暮らしのあり方を更に真剣に考えなければならない時代を迎えたのである。

農業で暮らせる仕組みを