時論「家族の食は自らの手で」

家族の食は自らの手で

 戦後、日本は産業を第一次、二次、三次産業として位置づけ、農林水産業を文字通り第一産業として捉え、その産業政策を展開して今日に至っていることは周知の通りである。産業が発展すれば国民の生活も豊かになるという自明の論理として進められてきたのである。

 しかしながら第一次産業である農林水産業は、果たして産業論のみで捉えられるものであったのであろうか。ここに大きな落とし穴があったことに気が付く人は少ない。私は長年日本農業と農村の衰退する原因がわからず悩み続けてきたが、どうやら私自身も経営・技術・流通の問題という産業論一辺倒に陥っていたことに気付くようになってきた。これでは農業もとりわけ農村の人口は減り農村は衰退するばかりなのだ。すなわち農林水産業とは産業としてのみではなく、家族の暮らしを守るという視点が脈々として行き続けていることに気付くようになってきた。その典型が兼業農家の存在である。産業としての専業農家育成を錦の旗として推し進める政府は兼業農家の存在を認めようとはしなかった。しかし現実は73%が兼業農家なのだ。政府の劣等生と考える人たちが、実は日本農業の主役である。産業農業の枠組みのみしか考えない人には見えないのであろう。しかも昨今では農的暮らしや定年帰農という言葉が定着してきたように、生活型の農を営む人々が確実に増えてきている。

 著名な農民作家の山下惣一氏は、農業を産業としての「農業」と暮らしとしての「農」に分けて論じる必要があるとして、市民皆農という著書を出版している。自給自足の思想は第二次、三次産業には無縁のこと、第一次産業の農林水産業において初めて存在する概念なのだ。家族の食を自らの手で賄うことの出来るのは農なのだ。その農の営みを都市生活者の多くが失っている。自分たちは都市で第二次、三次産業に従事して安定した給与を得ながら、食は第一次産業からお金で得るものと信じている。そしてそれは安い程よいものと考えている。「命は食にあり」というあたりまえのことも希薄になっている。スーパーに買い物に行っても、豊富に並べられた食材を見てもそこに命の存在は感じない。

 貧しい発展途上国の多くもまた本来は生活型農業を軸に人々は暮らしを営んでいたのであるが、欧米型の市場原理・競争が入り込み産業型農業に切り替えられ、グローバル化の波に飲み込まれてきている。民主化と称して市場経済に飲み込まれつつある今のミャンマーもまた同じ道筋をたどるのであろうか。いずれ日本と同じ壁にぶつかり、行き詰まりをみせるのではないかと危惧している。

 私の論ずる生活農業は、命の根源である食こそは自前で賄う自給自足の思想であることだ。給料を得ながら市民自らが庭を耕し農を営む市民皆農、そして兼業型の小さな家族農家こそ主役の農業なのだ。農村の人口減少にも歯止めがかかり、都市と農村のバランスもとれてくる。また国民の多くが農を営めば農薬に依存しない環境調和型の農業が多数派となり、自然環境も復元する。また市場原理・競争はスケールメリットを飽きなく追いかけ、大量生産・大量流通・大量消費のシステムを創り上げ、小さな農家と小売店は退けられ、巨大な駐車場を完備する大型スーパーが主流となった。そこには食品添加物漬けの商品が並び、偽装表示品も横行し、食品の安全性は大きく破たんしている。生活農業は、作る人と食べる人が直結する産直型の流通であることだ。故に地域には市民皆農や兼業農家による小さな直売店など小さな流通が広がることになる。

 以上のようにして生活農業の視点に立てば、食の安全性、安定供給、食料自給率向上そして環境破壊の諸問題も自ずから解決してくることになる。 農村に目を向ければ、役場、農協、地場産業そして都市へ出向いて働きながら農を営む兼業農家が圧倒的存在であり、この人たちは食を自給しつつ隣近所で分け合い、都会で働く子供や孫たちにせっせと食を宅急便で送っている。この部分は食糧自給率40%の数値には反映されていない部分でもある。「半農半X」や「菜園家族」という概念がいま静かに広がっているが、これこそ生活農業の視点である。このようにしてもう一つの農業である「生活農業」が国民の間で静かに広がりをみせている。 今日騒がれているTPPはどちらかと言えば、産業農業としての専業農家の危機意識であり、兼業農家には痛くも痒くもないことを直視する必要がある。73%を維持する兼業農家にとっては実はTPPは論外なのである。

 誤解があっては困るので、あえて言っておきたい。生活農業は一方の産業農業を全面否定しているのではない。物事には両面があり、複眼的(多様的)に見ることの大切さを述べているのである。故に現在の国の一面的な農業政策に異論を唱えているに過ぎない。

 少し大げさだが、生活農業の思想は、18世紀の産業革命以降、主流となった市場原理・競争のパラダイムそしてグローバル化に対峙するものであることも付しておきたい。

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