エッセイ

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合鴨が唱歌「故郷」の再現をめざす

最後の初一念

大学を去って2年

地道な合鴨の里づくり

鳥インフルエンザをめぐる風潮に一言

 鳥インフルエンザの野鳥説は未だ農水省の公式見解とはなっていないのに何故あたかも野鳥が犯人であるかのような風潮が広がっているのであろうか。一つには農水省に設置された鳥インフエンザ調査小委員会の「野鳥が疑われる」というコメントが一人歩きしているからであろう。今ひとつは、野鳥説にすれば、行政側(人間説では困る)も企業側(飼料説、闇ワクチン説では困る)も責任を取らなくてすむという期待感が込められているからであろうか。甚だ迷惑なのは野鳥たちである。

 鳥インフルエンザの感染経路には、本来、①人間から、②飼料から、③野鳥から、④闇ワクチンから、の4通りが考えられるが、どれも決め手がなく、誠に難しい事柄である。だから調査小委員会も時間がかかるばかりで、容易に公式見解が出せないできているのである。野鳥説に固執する専門家は、宮崎県で発生した鳥インフエンザがいずれも鶏舎の人の出入りする付近の鶏ではなく、出入り口からほど遠い奥の箇所の鶏が大量死したとして人間説を否定する。そして鶏舎付近には野生鴨などは接近しないという反論に対しては、野外で野鳥の糞から感染したネズミが鶏舎の穴から侵入してきて伝播したという、強引な結論をマスコミのインタビュー等で力説している。あきれて開いた口がふさがらない。これでも研究者なのであろうか。研究者こそ状況説明だけで翻弄されずに、具体的な科学的証拠に基づいた客観的な判断をするべきではないだろうか。

 野鳥説に基づいて、「子どもたちを野鳥たちに接近させないように」とか、「学校内で飼っている家禽類は処分するように」とか、放し飼い養鶏も野鳥が侵入しないように天井も全部ネットを張れ」とか、「水田に放鳥する合鴨農法をやめるように」などの行政指導が横行している。本来なら、野鳥などの自然と親しむ教育が行われてしかるべきところ、自然教育もおよび腰となっている。このような傾向は病原菌と折り合いをつけながら免疫を獲得し、抵抗力を身につけていくという本来の生物界の大原則にも逆らう行為ではなかろうか。

 以上のように鳥インフルエンザをめぐる昨今の異常な状況に一言苦言を呈しておきたい。

追悼ー陣内義人先生からのラブレター

田舎は寂しい?