エッセイ

いただきます

狂牛病騒ぎに思う

憲法第九条

合鴨が唱歌「故郷」の再現をめざす

最後の初一念

大学を去って2年

 早いもので大学を去って2年の歳月が経ちました。この間、新しい農園建設に追われましたが、予期に反して営農意欲が出てきたのか、借用していた隣接の水田約50aを新たに購入し、総農地面積も74aに規模拡大してしまいました。作った農産物も、合鴨米、合鴨卵、合鴨肉、ヤーコン、ヒラタケ、ミニホテイアオイなどが売れて、年間粗収入約50万円となりました。

 宮川内集落にもすっかり馴染み、その集落の一員として諸行事にも積極的に参加し楽しく過ごしています。体重も約4kgほど減ってスリムになり、心身ともに健康になりました。

 毎朝見上げる霧島連山の勇姿に手を合わせ、竹刀の素振りをして1日が始まります。ヤギ、合鴨、鶏などの家畜のえさやりを、日の長い季節には早朝6:30頃、日の短い季節には朝食後の8:30頃から始めています。もちろん5月から10月の水田シーズンは、米づくりに追われる毎日で、小さな棚田を這いずり回って頑張っています。

 大学を辞めてよかったことは、朝起きて見る手帳のスケジュールが真っ白であること、会議が減ったこと、社会的な義務と責任から解放されたことです。大学を辞めて甘かったのは、鹿屋体育大学の理事と放送大学の客員教授を引き受けたこと、いくつかの大学機関の非常勤講師を引き受けてしまい、完全に講義から解放されなかったことです。予期に反してよかったのは、家計の支出が大幅に減り、私自身の小遣いも減らなくなったこと、中でも近隣のおすそ分けや自給自足で食材費がかからなくなったことです。さらに言えば、鶏を飼うようになって、台所の生ごみが餌となり、卵になって還ってくること、畦道の刈った草がヤギ、鶏などの餌となって還ってくるなど、見事な循環システムにより、資源の有効的な活用が実現したことです。

 人間の物的な生存条件は3つ、すなわち、水、食糧、エネルギーです。水は井戸水により100%確保、食糧の多くも確保、残るエネルギーはソーラーにより50%確保できるようになりました。今後とも出来るだけ自前で生きていける体制を充実していきたいと考えています。

 これも予想に反して、早くも私の研修生第1号が誕生しました。宮崎県庁に勤めていたご夫婦(奥さんは鹿大農学部卒)が揃って辞められて、この4月から私の住む宮川内集落に新規参入してきました。責任の重さを痛感するとともに、お二人の勇気ある決断に応えるためにも、もう一分張り頑張らなくてはならないと、身を引き締めているところです。

 21世紀に入り、ようやく農が見直される時代に入りました。在学生の学生諸君には、魅力ある農の世界をめざして奮闘されることを期待してやみません。

地道な合鴨の里づくり

鳥インフルエンザをめぐる風潮に一言

追悼ー陣内義人先生からのラブレター

田舎は寂しい?