エッセイ

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狂牛病騒ぎに思う

憲法第九条

合鴨が唱歌「故郷」の再現をめざす

最後の初一念

 今年60歳の還暦を迎えるにあたって、いろいろと考えることがあります。

 その一つに初一念についてです。先だって、入植50周年を迎える栗野岳山麓の薬師寺忠澄さんを久しぶりに訪ねました。薬師寺さんは私が鹿児島大学の学生であった頃、週末や春・夏・冬の休暇中に頻繁に訪ねて実習させていただいた、高原酪農を営む開拓者であり、かつ私の心の師でもあります。

 今回、訪ねた折り、薬師寺さんから「初一念は最後の初一念」というお話を伺いました。つまり初一念を最後まで貫き通してはじめて初一念と言えるということでした。薬師寺さんは若き頃の志である高原開拓をめざして、東大卒業後、まさにその初一念を標高600mの栗野岳山麓で奥さんとともに貫き通した方です。

 まだ肌寒い初春の栗野岳を後にして、「私自身の初一念は何であったのか」、が改めて強く頭をよぎりました。

 私は高校卒業の折に、同期生皆で寄せ書きした色紙に、「志を果たしていつの日にか帰らん」という唱歌「故郷」の一節を記したことを覚えています。志を初一念とするならば、その時の志とは何であったのか、今一度考えてみました。

 私の高校時代の志とは、将来、自然を相手にする農業者になること、今1つはそれを通して、農業を営む人々が幸せになり、農村社会が豊かになることではなかったかと思います。そのため希望を抱いて憧れの南国の鹿児島大学に入学しましたが、その初一念は未だに実現出来ていないことにハッとさせられたわけです。意に反して、大学の教師になっている自分を改めて問い直してみました。常日頃、日本の農業・農村の豊かさをめざして、大学の一員として頑張っていながら、その限界を感じている自分自身を見つめなおしてみました。

 このようにして栗野岳を訪ねて、改めて初一念を貫くことの難しさを痛感させられたわけです。

 初心に立ち返れば、私にとっては農業者になること、そして日本の農業・農村が蘇り、豊かになることが最後の初一念でもあります。古びた高校時代の卒業記念アルバムに掲載されている私の下手な字の寄せ書きを眺めながら、「人生は短い、しかながらやらねばならない初一念はまだそこにある、その意味では人生はまだまだ長い」、と自分に言い聞かせつつ、60歳を期につくづく考える今日この頃であります。

(この一年後、大学を辞め溝辺町の山里に一農家として住み着く)

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