エッセイ

いただきます

狂牛病騒ぎに思う

 異常プリオンという蛋白質の一種が、牛の脳内で増殖してスポンジ状を呈し、正常な運動機能が冒されて、まるで狂ったような症状を示す「狂牛病」が、実は人間にも感染するのではないかという事から、世界中の人々(特に先進国と言われる人々)を震撼させました。

 最初はイギリスで起こったことが、とうとう日本でも発生し大騒ぎとなり、牛肉の消費が一気に下落しました。原因は牛の屠殺時の廃棄物である肉骨粉を、飼料として再利用することからきているわけですが、問題はこの肉骨粉をはじめとする飼料原料の大半を海外に依存しているという、わが国の畜産の体質にあることを深く反省しなければなりません。戦後のわが国の畜産の近代化が、一途に生産効率を追及し、コストさえ下げることが出来るならば、危険を冒してでも海外から輸入するという体質にあるのです。すでにこのことは一昨年大騒ぎとなった口蹄疫でも経験済みのことでもあります。

 つまりすでに資源循環型畜産を忘れてしまったわが国畜産の行き着いたところから、今日の疾病問題が起こっていることを肝に銘じておかなければなりません。飼料原料を海外に依存するということは、それだけ病原菌に汚染される可能性が増えることを意味していますし、貿易自由化で牛肉など輸入農産物が増えていること自体が素性の不明な食品を持ち込むことになり危険性を増大していることになります。

 牛肉消費の落ち込みを心配し、かつ肉牛生産者の経営的苦しみから、一国も早く抜け出すには、全頭検査を義務付け、肉骨粉の輸入禁止により、「狂牛病」の安全性を説く風潮が畜産・獣医関係者の間で高まっています。もちろんこれに私も反対するものではありませんが、今回の騒ぎを機に、わが国の置かれた今日の畜産のあり方を根本的に問い直すきっかけとすることが何よりも大切ではないかと思います。その意味において、牛のみならず、飼料原料の大半を海外に依存する今日のわが国の養鶏、養豚についても同様であり、非循環型の外国依存型畜産の問題を根底から考え直す時期にきていると言えるでしょう。我々日本人にとって、古くから唱えられてきた「身土不ニ」とか「地産地消」などの持つ意味を再度反芻することが今こそ大切ではないでしょうか。

 毎年、水田で合鴨に取り組む合鴨稲作は、地域の自然資源を生かしたまさに循環型の畜産であります。農薬を使わないため、収穫された米も鴨肉も安全であり、地域の環境も良くしていきます。足元にある自給資源を大切にする農法こそ21世紀に求められているのではないでしょうか。我々合鴨農家はそのことに強い自信と深い誇りを持って、これからも取り組んでいきたいものです。

 今年も合鴨農法に向けて共に頑張りましょう。

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