エッセイ

いただきます

狂牛病騒ぎに思う

憲法第九条

合鴨が唱歌「故郷」の再現をめざす

最後の初一念

大学を去って2年

地道な合鴨の里づくり

鳥インフルエンザをめぐる風潮に一言

追悼ー陣内義人先生からのラブレター

田舎は寂しい?

 かっての都会の同僚に会うと「田舎は寂しいでしょう?」とよく問われる。「いや寂しいと思ったことは一度もない」と即答する。

 まず朝起きると外は野鳥たちの声でにぎやかだ。道で人に会えば挨拶し合い「今日はいい天気ですね」と必ず何らかの季節用語で言葉を交わす。昼は野良仕事に追われ寂しさを感ずる暇もない。夕方ともなれば集落の家々に明かりが燈り、みんなも今日も一日元気で生きている」という思いが湧き、ほのぼのとした気分になる。夜は夜で、春は蛍の乱舞、夏はカエルの大合唱、秋はコオロギなど虫の声と、誠にぎやかである。また周りには明かりがないため、夜空の満天の星も美しく鮮やかだ。玄関先には誰かからの野菜などが置かれてあったり、手料理のおかずが届けられたり、お互いの物のやり取りも盛んである。このようにして、都会時代に比べて心豊かになり、寂しさなど感ずる余裕もない。

 集落の年間の行事も、お花見、集落公園の草刈り、山の下草刈り、集落の路傍の草刈り、川の土手焼き、運動会、お葬式など、実に共同での作業も多く、人との付き合いも濃密である。「隣の人は何する人ぞ」という都会生活がまるでウソのようだ。ところで都会こそ寂しくないのであろうか。人があふれ、にぎやかではあるが、結局のところ挨拶も交わさない見知らぬ人の集団にすぎない。都会は人との物理的距離は近くても、心の距離は遠いことに、田舎に移って気付かされた。